ホーム > colum > 大澤先生の凄さ!

大澤先生の凄さ!

前平成18年10月、北陸自動車道で140kmでセンターのガードレールに激突し、車は大破、私はハイエースの真ん中の席でシートベルトをしていませんでした。7階のビルから飛び降りた衝撃を体に与えたことと同じですよと、敦賀市立病院の先生から言われました。案の定、レスキュー隊によって大破した車から出された時、手も足もほとんど動きませんでした。意識はありましたが、救急車の中での会話から自分がかなり悪いのが解りました。1時間後配送先の病院が隣の県、福井県の敦賀市立病院に決まりました。今まで生まれてから1度も入院経験がない私でした。体が動かせないので、レントゲンの機械を診察台にもって行ったみたいです。車が横転した衝撃により、頚椎を損傷、そのことにより始めは手と足がほとんど動きませんでした。車から出された時道路の上で何かおかしいと痛みより、それを感じました。体が動かない、頭に命令をしても、、。全身打撲の痛みより頭の中は恐怖でいっぱいになりました。
そのまま事故で入院、その晩はいろんな計器を着けられ不安になりました。全身打撲の痛みは呼吸が苦しい痛みです。なんともいえない痛みです。その時、妻がゲルマニウムのいろんな商品を持って来ました。効果があったのは以外にもタオルケットです。手足に直接触れていて、徐々に血の流れを感じました。そのうち少しずつ動きを感じました。足の回復は以外と早かったです。でも、手の1部はなかなか動きませんでした。最後まで右手の3本の指は感じませんでした。つまり、鉛筆が持てない、言い換えれば字が書けませんでした。涙がでました。警察官から事情調書にサインをと言われた時、できなかった事が今の鮮明に覚えています。足もうまく動かなく、なんともいえない気持ちでした。退院後、いろんなリハビリを試みましたが、痛みもひどくつらい日々でした。4ヶ月後、東京に行き、大澤泰賢先生にマシンの件で、千代田区のあるホテルの喫茶ルームで会いました。先生に事故で体が思うように動かない話をしました。すると、先生は自分の手に着けている水晶のブレスをはずし、私に渡しました。山本さんそのまま持っていてくださいと言い、席を立ちトイレにいかれました。その時信じられないですが、体が自然と大きく自分の意志でなく動きだしました。特に動かしたことのない首が強く痛みもなく振られるように動きました。約5分ぐらいです。その時先生がもどっつて来ました。すべての痛みがとれていました。信じられない気持ちでした。こんなことが本当にあるのか、一生痛みと戦う覚悟をしていましたし、唖然としました。信じようと、これが事実なんです。今はほぼ、完全ではありませんが、痛みを意識したことはありません。当時握力が10kgしかありませんでしたが、今は40kgまで回復しています。なりよりも好きなゴルフができるようになったことです。当時の医者や日赤の外科医も奇跡と言うと思います。これは本当の話です。大澤先生とつきあいがあるのが松坂選手や松井選手、中村紀選手など数多くのスポーツ選手がご指導をうけています。私のゲルマもそういう関係です。すごい先生です。

ゲルマニウムメーカー㈱山久



RSS リーダーで購読する

ホーム > colum > 大澤先生の凄さ!

contact
検索
フィード
メタ情報
外部PR

ページのトップに戻る