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「魂のエース そして呪いに負けなかったジョニー黒木の奇跡の復活」

元千葉ロッテマリーンズの黒木知宏投手は、そのいつも闘志を前面に押し出したプレースタイルで、マリーンズの「魂のエース」と称されて、ニックネームで「ジョニー」と呼ばれました。

1994年のドラフト2位で千葉ロッテマリーンズに入団後、長くロッテのエース、看板投手として活躍しました。

2000年のシーズン前キャンプで右足に怪我を負いますが、無理を押して開幕に入り、前半戦の防御率は10点台と絶不調に陥ります。

それにもかかわらず、その後、前年から決まっていたシドニーオリンピック野球日本代表に向けて二軍で調整し、五輪出場してでも活躍します。

シーズン後半戦は復帰してエースとして活躍しますが、実は右肩の違和感を持ったままのピッチングが続いていたそうです。

2001年もシーズン前半は好調でしたが、前年の肩の違和感を引きずったままであり、ファン投票選出のオールスターゲームに強行出場した後、後半戦からは故障で欠場します。

この結果に対して、当時のマスコミから「弁当の呪い」を受けた選手の一人とされました。

「弁当の呪い」とは、千葉ロッテマリーンズでチームや選手の応援・記念弁当を販売するとその後、故障や成績不振など悪い事態が発生したというジンクスのことです。

黒木投手の右肩の故障は、肩腱板の内側靭帯を数本完全損傷する重傷だったことが後に判明しましたが、現役続行のために手術を選択せず自然治癒を選択します。

単調なウェートトレーニングやランニングを繰り返す日々が続きました。
また投球フォームを肩に負担のかからないサイドスローに近いフォームに改造するなど、血がにじむほどの努力の後、3年をかけて一軍復帰を果たし、3年ぶりに勝利を飾ります。

オフの契約更改では自ら申し出て球団提示額より1000万円減で契約を更改しました。

2005年は右ひじを痛めて開幕から出遅れますが、8月28日の千葉マリンスタジアムでの対オリックス・バファローズ戦で先発し、3万人のマリーンズファンに支えられ自身1年2ヶ月ぶり、本拠地では実に1545日ぶりに勝利を挙げます。

まさに「魂のエース」にふさわしい、そして「弁当の呪い」を断ち切った、重い故障からの奇跡の復活を遂げたのです。



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